虫歯菌は鍋料理から感染するか科学的に考えてみた
2020年4月19日
今回は乳幼児と虫歯菌の感染に関する話です。
私には1歳10箇月になる娘がいます(2017年10月現在)。子供が生まれる前に、「口の中に虫歯菌が居ない人は虫歯になりにくい」とか、「虫歯菌は赤ちゃんの内に感染しなければ一生感染しない」とかいう話を聞いたことがあったので、それなら試してみようと思い、妻の協力の下で実践し、1年と10箇月が経ちました。
ところが最近、ウチの親(子供から見れば祖父母)が子供に食べ物を与えたくて仕方ない様子です。平日に我が家に来ては妻と子供をしゃぶしゃぶ食べ放題のお店につれて行き、そこのうどんを食べさせたいのだとか。妻の気にするところは、自分と祖父母の3人が口を付けた箸を突っ込んだ鍋で煮たうどんを食べさせて大丈夫なのか?という点。気にし過ぎと言われればその通りなのかもしれませんが、私も少し不安を覚えます。しかし、「鍋の中は熱湯なので殺菌されるから大丈夫なのでは?」とお思いの方もいらっしゃると思いますので、これを科学的に検証してみましょう。
虫歯菌は熱湯で殺菌できるのか?
まず、虫歯菌が熱湯で殺菌できるかどうかを確認するため、虫歯菌の耐熱性を調べます。微生物の耐熱性の指標(*1)にはD値とZ値というものがあります。定義は下記の通りです。
・D値:微生物の死滅率を表す値で,供試微生物の90%を死滅させ,生存率を1/10に低下させるのに要する時間(Decimal Reduction Time)をいう(*2)
・Z値:D値を10倍変化させる温度変化の度数(*2)
例を挙げると、ある細菌XのD値が70℃で20分である場合、細菌Xを70℃のお湯に1000匹(*3)入れると、20分後には100匹、40分後には10匹になります。また、細菌XのZ値が10℃である場合、細菌Xを80℃(70℃+10℃)のお湯に1000匹入れると、2分後には100匹、4分後には10匹になります。
さて、肝心な虫歯菌の耐熱性情報ですが・・・・見付かりませんでした。仕方がないので、近縁種の耐熱性で代用します。虫歯菌の学名は、Streptococcus mutans(ストレプトコッカス・ミュータンス)なので、Streptococcus属の耐熱性を探したところ、ありました。D値は70℃で2.95分、Z値は10℃です。引用元は栄研化学株式会社が発行するes(イーズ)の第36号”食肉製品製造工場での衛生管理のポイントと微生物検査”です。
とりあえず、虫歯菌は熱湯で殺菌できそうです。
*2. 第17改正日本薬局方 参考情報 「滅菌法及び滅菌指標体」より引用
*3. 厳密には、微生物は”匹”ではなく、CFUで数えます。CFUとは、Colony Forming Unit(コロニー形成単位)のことです。専門的な話になるため敢えて”匹”と表記しています。
どのくらい加熱すれば虫歯菌を殺菌できるか?
最初の疑問は、しゃぶしゃぶ鍋の熱湯で虫歯菌は殺菌されているか?ということでしたね。
一般的な人が殺菌という行為に期待するのは、微生物を0匹にすることだと思います。微生物学を学んだことがある方は、殺菌、滅菌及び消毒の定義を論じたい所でしょうが、今回の殺菌の意味は微生物0匹とします。虫歯菌を殺菌するための加熱時間は、D値の定義を見てわかる通り、虫歯菌の数とお湯の温度が必要です。
鍋の中のお湯は何度くらいでしょうか?沸騰していれば約100℃ですが、野菜などを入れると温度が下がります。しかし、またすぐ沸騰し始めるので、最低でも90℃以上を保っていると仮定しましょう。虫歯菌の仲間のD値は、90℃(70℃+20℃)で0.0295分(2.95分×1/10×1/10)=1.77秒です。
では、虫歯菌は鍋の中にどれくらい居るでしょうか?虫歯菌は箸に付着した唾液から鍋の中へ移動するため、唾液の付着量と唾液中の虫歯菌数を考えます。箸への唾液の付着量は参考文献が無いため実測しました(*4)。繰り返し6回の測定で平均4.4mg、標準偏差(ばらつきの指標)1.25mgでした。ワーストケース(最悪条件)を考えると平均+3標準偏差(4.4mg + 1.25mg×3)として8.15mgです。唾液の比重を1とすると0.00815mL、切り上げて0.01mLとします。唾液中の虫歯菌の数は、中川駅前歯科クリニック様のサイトで論文から引用した数値があるため、これを参考にさせて頂きます。虫歯菌が多い母親は唾液1mL当たり100,000匹以上となっているため、こちらもワーストケースで100,000匹/mLで計算すると、唾液0.01mL当たり1000匹となります。
以上より、大人1人が鍋の中の食品を1回取り出すごとに1000匹の虫歯菌が入ります。鍋の温度を90℃とすると、D値は90℃で1.77秒なので、7.08秒で虫歯菌は0匹(理論上は0.1匹)となります。ちなみに、大人3人が同時に箸を突っ込んでも殺菌に必要な時間は変わりません。つまり、大人と乳幼児で鍋を囲んでいる場合、乳幼児に虫歯菌を感染させないためには、大人の誰かが箸を突っ込んでから7秒待機すれば感染のリスクは大幅に減少しています。7秒待つ間に他の誰かが箸を突っ込んだら、そこからまた7秒待機です。なお、鍋が常時沸騰しているなら待機時間は0.7秒です。
鍋に限定した話になりますが、虫歯菌の感染リスクは意外と短時間で減少できるようです。
*4.試験条件:測定にはメトラー・トレド社製の電子天秤(最小表示値0.1mg)を使用。箸は自宅で普段使用している大人用の箸。
まとめ
- 虫歯菌の学名はStreptococcus mutans(ストレプトコッカス・ミュータンス)
- Streptococcus属のD値(70℃)=2.95分、Z値=10℃より、D値(90℃)=1.77秒
- 箸への唾液付着量(最大):実測値の平均+3σ=8.15mg=0.00815mL≒0.01mL(筆者実測のため測定条件により変動あり)
- 唾液中の虫歯菌数=100,000匹/mL=1000匹/0.01mL
- 上記より、大人1人が鍋の中(90℃以上と仮定)の食品を1回取り出すごとに混入する虫歯菌の数=1000匹
- 90℃における虫歯菌1000匹の殺菌時間=7.08秒
- 上記より、大人と乳幼児が鍋を囲んでいる場合、乳幼児への虫歯菌感染を防止するには、大人の誰かが箸を突っ込んでから7秒待機
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ディスカッション
コメント一覧
2歳1ヶ月の男の子の母です。
とても知りたい内容でした。
素晴らしい記事を有難うございます。
ご訪問頂き、ありがとうございます。お役に立てて何よりです。
現在私の子供は3歳10ヶ月ですが、虫歯は0本です。
ところで、虫歯は子供の頃のケアが一生を左右することなので、親としてはついつい過敏になってしまいますよね。
しかし、大人のクシャミや、別の子供が口に入れた玩具を自分の子供が触るなど、日常生活における感染経路は無数にあり、
100%防げるものではありません。中山様のお子様は現在2歳ということで、何かと手の掛かる年齢を迎えており、
中山様も気分が沈みやすい時期かとお察しします。虫歯に関して、完璧主義になり過ぎて気持ちが沈んでしまうことが無い様、
心から願っております。
お鍋の取り分け、まさに探していた内容でした!
虫歯菌の死滅についてとてもわかりやすく、非常に参考になりました。
ありがとうございました。
大変有難い記事です。よくここまで調べて頂けたなぁ
と感謝いたします。
だいたい何歳くらいまで気をつけたら、菌のバランスが定着するものなんでしょう。
気になる所です。
匿名様
コメントありがとうございます。
世間一般では3歳まで気を付ければ良いという話を聞きますが、根拠資料が見つからない状態です。
記事に書いた子供も6歳(2022年02月時点)になりましたが、
感染予防が習慣化してしまい、現在も気を付けております。
機会があれば海外サイトも含めて調べてみたいと思います。